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タレントマネジメントスペシャリスト"まりあっち"のブログ。
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   ベストは尽くした。去年の9月のメタメタ状況に比べれば、随分とうまくできた。

 でも、具体的にできなかったことを指摘されて、それはそうだなとも思う。

 自分が日本語でできたと思う状態から比べると、せいぜい50パーセント。でも、英語だったからという言い訳は通用しない。

 今の時点で合格をもらえるかどうかは微妙。

 あともう一回、明後日の本番に備えて、今から準備するしかない。
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 日曜日から東京入りし、昨日から行われている4日間の英語でのリーダーシップ研修の一部を日本人スタッフ3人で講師役を務めている。日本語版の開発にあたって、師匠であるドイツ人講師から英語版でのお墨付きをもらうことが条件になっているためだ。

 去年の9月はぼろぼろで、今回が再挑戦。昨日は仲間のふたりが一部のプログラムの進行を務め、まぁまぁの評価を得ながらも随分といろいろな修正のコメントをもらった。

 今日は私の出番。去年の9月にこのパートを務めた時にはぼろぼろだったし、月曜日のリハーサルでも一番ぼろぼろだった(汗)。月曜日の夜から立て直しに入っているが、どこまで修正できたか。 日曜日から東京入りし、昨日から行われている4日間の英語でのリーダーシップ研修の一部を日本人スタッフ3人で講師役を務めている。日本語版の開発にあたって、師匠であるドイツ人講師から英語版でのお墨付きをもらうことが条件になっているためだ。

 去年の9月はぼろぼろで、今回が再挑戦。昨日は仲間のふたりが一部のプログラムの進行を務め、まぁまぁの評価を得ながらも随分といろいろな修正のコメントをもらった。

 今日は私の出番。去年の9月にこのパートを務めた時にはぼろぼろだったし、月曜日のリハーサルでも一番ぼろぼろだった(汗)。月曜日の夜から立て直しに入っているが、どこまで修正できたか。
 「座右の銘」と聞かれると、答えに悩む。あまり意識しないで来たからなぁ……(^^ゞ。

 強いて言えば、画家フランシスコ・ゴヤの作品名『俺はまだ学ぶぞ』か。

'I am Still Learning(Aun Aprendo).' カッコ内はスペイン語で、uの上にアクセント記号がある。

 学生時代に読んで印象に残った本のひとつが『ゴヤ』堀田善衛だった。18世紀から19世紀に移行する時代、フランス革命・ナポレオンによるスペイン侵略とレジスタンスの時代に生まれた宮廷画家ゴヤは、宮廷や貴族の注文を受けて作品を描くことから自己表現のために作品を描くことにスタンスを変え、近代画家の草分けとなった。晩年のゴヤは、スペインからフランスに亡命したのだが、白髪で腰が曲がった80代の自画像に「俺はまだ学ぶぞ」と題名をつけた。

『ゴヤ(1)スペイン・光と影』
『ゴヤ(2)マドリード・砂漠と緑』
『ゴヤ(3)巨人の影に』
『ゴヤ(4)運命・黒い絵』 リンク先はいずれもamazon.co.jp

 80歳にして、学ぶことへの強烈なバイタリティ。人材育成に携わる者として、ゴヤのその姿勢にあやかろうと、座右の銘はゴヤの言葉からいただいている。

 ちなみに、堀田善衛の『ゴヤ』からは、近代国民国家の先陣を切ったフランスの国民軍が他国を解放と称して侵略したこと、王制が続き近代化が遅れた被侵略国では最初は解放軍としてフランス軍を歓迎したものの、やがてフランス軍は抵抗派の非戦闘員も殺すようになり、抵抗運動は国土全体にゲリラ活動として広がった(ちなみに「ゲリラ」という単語はスペイン語で「小戦争」という意味で、この時に生まれた)ことを学んだ……という意味で、私の近現代国家観に影響している。

 詳しくはWikipedia「半島戦争(スペイン独立戦争)」の項を参照。この項に紹介されているゴヤの『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での虐殺』は、近代国民国家の創成期にすでに包含されていたネガティブな側面を描き、ゴヤ作品の中でも一番の傑作だと思う。

 こうして書いてみると、フランスが19世紀初頭にイベリア半島でやったことは、米国がベトナムや中東でやってきたことと、何ら変わらんなぁ……(嘆息)。
 先日の英語でのレクチャーで、「日本人にとって雇用は単なる契約ではなく長期のエンゲージメントだ」と説明した。

 改めて、エンゲージメントとは。

Human Valueのサイト:エンゲージメント
 エンゲージメントという言葉は、辞書では「engagement . 約束、約定、婚約、用務、交戦、かみ合い、債務」(「新編英和活用大辞典」研究社)と記されています。これは「強い結びつきや絆」を表す言葉です。
 個人と組織の『エンゲージメント』とは、「組織(会社)」と「個人(社員・構成員)」が一体となって、双方の成長に貢献しあう関係のことをいいます。
具体的に、組織と個人がエンゲージメントしている状態は以下のような姿ではないでしょうか。

・「個人の成長や働きがいを高めることは、組織の価値を高める」という捉え方に基づいて仕事を行い、それを実感している
・「組織が成長することが、個人の成長や働きがいを高める」という捉え方に基づいて仕事を行い、それを実感している


 今や日本の雇用慣行が変わってしまったので現状では当てはまらないが、日本の戦後の長期雇用の慣行はまさしくこの「エンゲージメント」を前提とした仕組みであったのだと思う。そして、江戸時代に大店《おおだな》で用いられた雇用の仕組みも、エンゲージメントを利用しつつも、10年単位で人を篩にかける仕組みを組み合わせており、雇う側にとっては実に有利なエンゲージメントの仕組みだったんだなぁと思う。

 雇用について様々な形態が出てきた今は、雇用形態が違うワークフォースに対して、異なる形のエンゲージメントが必要なのかな……まだ、具体的な形は見えないが。
 やっと自分の仕事の実態に近い話題になってきた……。

野々村人事部長の歳時記
 日本企業のリーダーは自信と信頼を取り戻せるのか?
 野々村さんたち、管理職にとっては驚きのデータがある。
マルコーだけでなく、日本企業の多くのリーダーが自信を失っているのだ。世界各国でリーダーシップ研修を提供しているDDI社の調査によると、日本企業のリーダー(現場リーダー、ミドル、経営層のすべてを指す)の6%しか、リーダーとしての自分に高い自信をもっていないという。日本人は謙遜する傾向があることを勘案しても、調査対象国42カ国の平均の54%と比べると、日本企業リーダーの精彩のなさが際立っている。

 そんな日本企業のリーダーたちを、部下たちはどう思っているのか?人事・組織コンサルティングを世界各国で行っているタワーズペリン社の調査によると、上司である管理職や経営者のマネジメントの質が低いと答えた割合は、日本では回答者全体の40%に達する。これは、調査対象16カ国中、最も高い値。つまり、日本企業の上司は、部下から管理職として世界でもっとも信頼されていないのだ。

●リーダーの経験をする機会が減ったことが原因
 どうして日本のリーダーは“自信”も“信頼”も失ってしまったのか?野々村さんの疑問に答えるべく、現場の声を総合すると次のようなことが言えそうだ。

 まず、成果主義の浸透で、プレーヤーも兼ねるプレイング・マネジャーが増えている。そのため、リーダーとしての意識を高めることができない。リーダーとして組織を束ねたり、部下を育てたりすることより、自分自身や自部門の業績を強く問われるため、どうしても目先の成績に目がいってしまう。結果として、いつまでも“優秀なプレーヤー”の域を出ることができない。

 事業の縮小や組織のフラット化で、リーダーの経験を積めるポジションが減ってしまったことも痛い。最近、部長代理、担当課長、グループーリーダーといった、どんな権限と責任があるのか、名刺を見ても分からない人が増えている。予算と人事を決める立場にならないと、真の組織リーダーとして意思決定、行動する経験はできないものだ。

 また、日本企業のリーダーシップ教育は、実践の場を盛り込んだものが少ない。先程引用したDDI社の調査では、会社が提供するプログラムの中で、リーダーシップを磨くのに「とても役立った」と答えた人の割合が一番高いのは、「プロジェクト活動」で、全体の半数以上に達する。ただ、実際にプロジェクト活動の場を設けている企業は、日本では10%と調査対象国平均の26%に対し半分以下。

 実際の仕事でも、教育プログラムでも、日本企業のリーダーたちは、リーダーとして実践の経験を積む機会に恵まれていない。DDI社の調査では、日本企業の回答者全体の7割は、リーダーの役割を経験する機会に満足していない。

●リーダーは自然に任せても育たない

(中略)
 内外の著名な経営者は、「人は経験を通じてリーダーとして育っていく」と、指摘している。ゼネラル・エレクトリック(GE)の前会長兼CEOのジャック・ウェルチ氏は、「われわれが経営しているのは、優秀なリーダーを育て上げるための人材工場なのだ」と、経営者の第一の役割は次のリーダーを育てることだと言い切っている。実際、ウェルチ氏は、現役時代には毎年クロトンビル研修所(GEの企業内大学)で自ら教壇に立ち、そこで直接参加者たちを指導することに心血を注いでいた(出所:『ジャック・ウェルチわが経営』ジャック・ウェルチ、ジョン・A・バーン著 日本経済新聞社)。

 また、経営の神様、松下幸之助翁も、「人は鍛えられることによっていくらでも成長する。だから指導者は、人を鍛えることに大いに意を注がなくてはならない」と、指導者が自分の後進を育てることの大切さを説いている(出所:『指導者の条件』松下幸之助著 PHP文庫)。


 その通り。研修部門がどんなに頑張っても、その前後に仕事でリーダー経験を積まなければ、リーダーとして自分が適切な行動を取っているかを顧みる意識も持てないし、研修で学んだこと(習ったこととは限らない……リーダー教育は、職階が上になればなるほど、実地で得た体験を振り返って自分に問い直すという「学び」の行動が必要だ)を現場で発揮する機会も得られない。逆に、研修などの場で理論を学んだり自分の体験を振り返る機会を持たなければ、リーダーとしては経験からの蓄積から来る体験論だけで終わってしまう。

 だから、このコラムでも言われている「リーダーシップ・パイプライン」を、現場と研修・人材開発部門とのパートナーシップの下に、現場の仕事と学びの場を組み合わせてデザインして提供することが、重要だ。

 自社のことを考えると、先日、ある事業部のアジア太平洋地域の事業部長の会合に出た時に、各国・各地域の事業部長が主に現地出身の30代後半の若い人たちに世代交替していることに愕然とした。日本の事業部にいると、事業部長は50代になって「上がり」のポジションになってしまうのだ……もっと、若いリーダー候補を積極的に育てなければ。
 関連会社のアジア太平洋地域の事業部長の会合にて、依頼されたレクチャーを行った。日本のユニークさ、そのユニークさがビジネス文化に与えた影響、結果として日本人のキャリア観や仕事観にどういう特徴があるか、その特徴に応じた人材育成の方法とは、というのが大体のお題。

 冒頭の1枚のスライドに日本史をまとめるのが、なかなか至難の業だった。歴史好きなもんで、特に260年続いた江戸時代が近代化以前の日本の経済や社会に近代化への適応力を生み出す自力の発展があったことを強調した。世界史的に見ても、260年間、島原の乱から幕末の戊辰戦争まで、大きな内乱がなかったというのは日本の歴史のユニークな点だと思う。18世紀には世界最大の都市であった百万都市江戸が上水道を完備したこと(その頃、上水道があったのは江戸とロンドンだけだった。しかも、江戸は24時間上水を供給したのに対して、ロンドンは週3回7時間だけだった)は語り落としてしまったが、種子島にポルトガル人が漂着して何年も経たないうちに銃を内製化して戦国時代の後半に銃を主力兵器にした技術力の高さについては紹介することができた。

 黒船が来てから明治維新に至るまでの10年間、混乱の中にも欧米列強の脅威を受けて開国しながらも超スピードで欧米の科学技術を身につけたことは、十分に触れられなかったなぁ……反射炉の建設、西洋式の船舶の建築、ドック建設(完成したのは明治に入ってからだが……)、種痘の導入など、語りたいエピソードはいくらでもあった。個人的には、明治維新が近代化の幕を開けたのではなくて、維新前のこの10年間が日本の近代化の基礎になったと考えていて、だからこそ幕末の歴史は面白いと思うのだが、時間の制約もあって英語でそこまで説明しきれなかったし、本論として日本の歴史がビジネス文化に与えた影響に結びつけるにはちょいマニアックなので語れなかったのが残念……。
 NBオンラインで橋本社長のインタビュー連載が続いているが、『日経ビジネス』に掲載された坂本CEOの「社長を育てる方法」も面白かった。

ブックオフ流「社長を育てる方法」
坂本 孝(ブックオフコーポレーション会長兼CEO)が語る

 パートのまま2号店の店長に任命して、以来、ブックオフの歴史は「現場の母」橋本さんの成長の歴史です。当初、2号店は赤字続き、閉店を言い渡したら橋本さんが涙を流した。それを見て、やる気のなかった若者たちが奮起、一気に黒字店に転換させました。

 不振店だった八王子の大型店を任せた時には、スタッフさんからボイコットという攻撃を受けました。それでも非ボイコット組の少数と懸命に店を回し、その姿にボイコット組も心を打たれて和解、ついには店を繁昌店に変えた。子供服などのリユース事業が赤字を垂れ流し、会社が経営危機に陥った時にも、自ら店に乗り込んでくれました。店で文字通り、汗と涙を流して赤字の原因にメスを入れ、見事に再生させてくれたのです。


橋本氏の個人的なスナップ。結婚して上京、子育てが一段落して選んだパート先が、たまたま近隣にオープンしたブックオフ1号店だったのだ
 橋本さんのしてきたことは、今で言う「仮説と検証」です。それを橋本さんは、誰にも習わずして実行してきた。福井県の山村で育って、短大を卒業して専業主婦になって、経営学のケの字も知らずに社長になった。でも、引き合いに出させていただくのも恐縮なんですが、イトーヨーカ堂の鈴木敏文さんが「仮説と検証」を徹底して、会社を大きくしたように、橋本さんも彼女のやり方で、それを実行した。

 「橋本さんという逸材に出会って、あなたはラッキーだった」

 人によく言われます。確かにそう。1号店の10人の中に、橋本さんがいたんだから。でも僕に言わせれば、パートやアルバイトを100人雇えば、橋本さんクラスの人が1人はいます。おせっかいで、よく気がついて、人の心を引きつける人。

 要は、その1人を見つけ出せるかどうか。見つけて、任せられるかどうかなんですよ。


 経営者のもっとも重要な仕事は適切な後継者を見いだすことだと言う。ジェネラル・エレクトリックのジャック・ウェルチは自分の時間の7割を幹部育成と選抜に使った、と、どこかで読んだような気がする。

 たぶん、経営者の資質というのは、教えて学べる要素は少ないのだろう。生まれつきと言ってしまうと自分は違うと思うのだが、後天的な環境の中で何をどう学んできたかという部分はある程度の年齢になってしまうと変わりにくいという意味で、教育して身につけさせるのではなく、環境を与えて学んでもらう、という投資をしていかなければならないのだろう。

―― 当サイトで連載中の「最強の現場の創り方」では、橋本さんご自身が、現場のお仕事にどんどんハマっていく経験を語っています。彼女はブックオフに一番ハマった方だと思うんですけれど、それには坂本さんが折に触れて育成してきた、言い換えれば「この人をもっと、このブックオフにハメてやろう」といった誘導もされたのではないでしょうか。

 それはね、あの人は特性として、褒めると素直に喜んでくれるんです。

―― なるほど。それはいつ頃気がつかれたんですか。


 最初から分かりましたね。それは、自分も褒められるとうれしくなる方ですからね、よく分かるんです。うれしそうにして、どんどん仕事をしてくれるんですよ。だから、おだてに乗りやすいというのは、人間としていいことだと思うんですよ。せっかく褒めても「何? 何か下心あるでしょう」みたいな顔をしていてはもったいない。

 山本五十六の有名な言葉じゃないけれども、褒めてやって、褒めてやって、褒めてやれば、人は伸びると(笑)。


 伸びる素質を見いだすことと、伸びる素質を見いだしたことは環境を与えること、そして伸びるようにフィードバックを与えること。それが経営幹部育成の要諦だと、自分も思う……まだまだ十分にその環境をつくりきれていないけど、これはこれで完成したと思えることのない、終わりのないプロセスだ。
 めったに褒めない上司だが、今日は2回も褒めてくれた。

 ひとつは、指示されて改善計画の提案を一旦出したけどNGを出された件、リベンジで提案修正の上で再度説明。「非常にクリアになった」と一発OK。

 もうひとつは、先日の本社出張から帰ってきてのコメント。ドイツの本社の人事部門のスタッフのプレゼンテーションも聞いたけど、「ローカル日本の人事のマネジャーたちがつくっているプレゼン資料の方が(レベル高い)」と。

 明日は雪が降ったりして……(苦笑)。

 再提案のために頑張ってくれたスタッフも、自分の出来に大満足。やはり、上司(上司の上司も含む)の褒め言葉は、ここぞという時には重要だなぁ。
野々村人事部長の歳時記
スキルだけではリーダーにはなれません~「HOW」よりも「WHAT」をつくる3つの視点
野々村さん、自動車メーカーの人材開発センター長を訪ねる

上田人材開発センター長: 「そう、自主や自立は大切です。ただ、本当の意味での自主・自立というのは専門知識やスキル、つまり『HOW』を身につけるだけではムリなんです。やはり『WHAT』を明確にできるようになること。リーダーシップの出発点は、何をしたらいいかを明確にする力です。自分たちはどうありたいのか、その達成のために何をするべきか、を自分で考えて部下にきちんと伝えていくことが、リーダーの一番大切な役割です。人や組織が動く方向や動機を与えるものです。WHATは経営者だけがつくるもの、現場の自分たちは運営のスキル、HOWを身につけていればいいという意識では、管理職は務まらないですね」

野々村部長: 「うーん。つまり、社員にスキル習得ではなく、厳しい変化を勝ち抜くための考え方や行動のクセをつけてもらうことね・・・。なるほど。ところで、どのようにWHATをつくる力を身につけさせているのですか?あ、やり方を聞いてしまいました。HOW病かなあ」

 と苦笑した。
 上田さんは笑いながら続けた。

上田・人材開発センター長: 「WHATをつくる力を身につけてもらうのに、以下の3つの観点から常に考えてもらうようにしています。

経営理念の実現のために、自分たちはどうあるべきか?
顧客や社会の要望や期待を満たすために、自分たちはどうあるべきか?
自分自身のありたい姿は何か?


 組織や自分のありたい姿をまず明確にすることから出発します。そして、それを実現するために何をするのかという具体的な課題にまで落とし込むようにしています。こうして考えるクセをつけるのです。スキルを磨くというより、変化に合わせて自主的に課題を発見し解決し続ける思考や行動を身につけるわけです。ありたい姿がはっきりすれば、社員は常にそれと現状のズレを探すようになります」


 ただ、この思考法を身につけるには、ある程度年齢というか脳の学習能力のキャパも考慮しなければならないと思う。個人差はあるが、30代半ばがひとつの区切りだと自分は思っている。特に営業系の経験から学ぶ思考力が固まってしまうと、"HOW"から"WHAT"を考える思考パターンは身に付きにくい。

 だから、自分の会社では、営業系の若手ポテンシャルに「何を考えるか」を考えさせる研修をその年齢層を対象に実施している。現実的には40才ぐらいでも受け入れているが、30才前後から35才前後がねらい目。

 それで売上が上がるというわけではないが、一年後に本社のマーケティング部門に異動した元受講生が「あの研修を受けて、自分の仕事の仕方が変わりました」と言ってくれるぐらいの影響力はあるようだ。
 先週から最終回を楽しみにしていた。

判断の軸は“三角測量”で
~ルイ・ヴィトン ジャパン カンパニー プレジデント&CEO 藤井清孝氏(5)


司会、山中(以下Y) この辺で皆さんからご質問をいただきたいと思います。いかがでしょうか。

Q 2つありまして、1つは英語のコンプレックスをどう克服されたか。もう1つはプロフェッショナルファームから事業会社に移られたとき、うまくマネジメントするために工夫されたこと、この2点をお願いします。

藤井 まず後半から言いますと、今コンサルティングファームにいる人に、「あなたにとっての一番の褒め言葉は何ですか」と聞いたとします。そうしたら(答えは)大きく2つあって、「すごいコンサルタントですね」と言われるのがいい人と、「うちに来てくれないか」と言われるのがいい人がいる。

 事業会社に向いている人は後者です。「うちに入って、それをやれよ」と言われるのは、私にとって最高の褒め言葉だった。ところが、「あなたはいいコンサルタントですね」と言われると、茶化されているみたいでね。「そっちにいる間はいいけれども、こっちに来たら使いものにならないね」と言われている感じがして。その感覚って大事だと思います。

 何が違うかというと、情熱だと思います。

 コンサルタントのいいところは、1歩下がって物を見るというスキルですが、いったん事業会社に行くと、1歩下がって物を見る社長は、従業員からすると迷惑なんです。

 根本的な態度として、「この会社で成功するまでは俺は絶対にどこも行かないぞ」という情熱をもって、この会社が売っているものが好きでたまらない、朝から晩までそのことを考えている人が社長にならないと。

 1歩下がっている人は経営企画の長で終わってくれればいいんだけれども、そういう人が社長になると、ひとごとみたいな発言が多い。数字を見るとかプレゼンはうまいんだけれども、いざとなると逃げられそうだと。こういう社長には人が一番付いてこない。頭がよければよいほど、そちらの墓穴を掘り始める人がいますね。

 あと事業会社では、社長は絶対1人でやったらだめで、自分のチームを作って、そのチームにいい人が入ってくるような会社にしないと、絶対うまくいかない。そのためにはまず情熱があって、そういう人に賛同して寄ってくる人が必要ですね。


 今、自分が関心あることにどんぴしゃりのQ&Aなんで笑った。

 つまり、勤め先の環境が事業部制に移行しつつあって、将来の事業部長候補を今から見つけて育てることが自分たちのミッションになる……だから、ここで事業会社の社長に合う人の資質の話をしているのは、なかなか参考になるし、自分でこうじゃないかと思っていたことに近い。

 最初の、言葉の問題は、私の場合はMBAに行ったりして、徐々にうまくなってきたんだけれども、1つ面白いと思ったのは、M&Aのトランザクション(一連の作業)として、リキャピタリゼーションというのがあります。これは銀行でお金を借りて、それを株主に特別配当して株価を上げるスキームです。

 その議論をウォール街で弁護士の連中としているとき、日本語でいうと詐欺譲渡ですが、「フロージュレント・コンベイアンスだぜ」とある弁護士が言った。「何のことだか分からない。この辺でネイティブじゃないと差が出るな。だめだな」と思って、ミーティングが終わった後、横のアソシエートに、「おい、どういう意味だ」と言ったら、彼も分からない(笑)。

Y なんだかぐっと気が楽になりますね

藤井 よく考えてみると、ネイティブでも分からないことがいっぱいあって、「これ以上はもう言葉の問題じゃないな」と思う時期が突然来たんです。

 もう1つは、私がよく使う例ですけど、皆さんゴルフをやられますか。ゴルフをやるときに、「あのホールまで約100ヤード」と感覚で分かりますよね。そのときに、100ヤード=130メートルだと思う人は誰もいません。ゴルフというのは全部ヤードの世界でしょう。ゴルフ場でヤードをメートルに換算している人はほとんどいません。

 言葉もそうなんです。要するに、「日本語で何ていうんだろう」と常に“換算”している人はうまくなれなくて、どっぷりと英語の体系の中で軸を作ってしまって、そこの中でしゃべれる人が、いろいろ英語での表現が分かるようになる。母国語の発想から離れられない人は最終的にはうまくならないと思います。


 そうですね、私もある時期から頭の中で日本語を英語に翻訳するのは止めました。ディスカッションする時も、考えている時は日本語で考えてますが、それを口に出す時は日本語から英語に翻訳するプロセスは取りません。

 というのは、日本語と英語は、一対一で言葉を置き換えられないから。英語のボキャブラリーと日本語のボキャブラリーは、脳の別々の倉庫に辞書になっていて、日本語から英語に翻訳するプロセスを取らないで、英語で何と表現するのが自分の考えを言葉にするのが一番近いかを直接探しにいく感じ。

 「よろしくお願いします」も、初対面の人に対しては「Nice to meet you」だし、事業部長クラスに依頼を出すなら「I would appreciate it if you could...」だし(仮定法過去を使って丁寧な表現になるようにしている)、社員に対して返事をお願いする時には「Thank you for your cooperation」と先に感謝してしまう表現になるし(協力してくれるとは限らない難しい案件の時や、事業部長クラス以上にお願いをするというニュアンスの時には使わないけど)、親しい同僚に頼りにしていると言いたいなら「I count on you.」でしょ。気持ちは同じ「よろしくお願いします」でも、相手に伝えたいニュアンスは違う、そこを英語で言わないと的確な表現にならない。

 前項の、ハイコンテクスト文化・ローコンテクスト文化の切り替えを計算に入れなければ、英語的な状況に合った言葉にならないということだ。日本語の発想を捨てろというのは、的確なアドバイスだと思う。
プロフィール
HN:
まりあっち
性別:
非公開
自己紹介:
タレントマネジメント(人材開発・組織開発・パフォーマンスマネジメント・採用など)のスペシャリスト。
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